これでいいのか科捜研
1995年、国家転覆をたくらむ化学者集団でもあったオウム真理教が起こした「地下鉄サリン事件」。教祖の麻原彰晃は当初、犯行を否定。逮捕までには57日間に及ぶ攻防戦があった。その陰にいたのが科捜研の若手研究員で緊急結成された「科学班」。今回、オウムの実験ノートや化学工場の映像などテレビ初公開の新資料が発掘。研究者たちは、科学の力を駆使し、どのように麻原たちを追い詰めていったのか、頭脳と執念のドラマ。
この番組を昨日観たんですけど兎に角酷かったですよね
殆どネタばらしですか?って言いたくなるような内容でしたね
だって袴田さん事件とほぼほぼ同じような構図だったですよね
決定的な証拠はなくて証拠と言っているものも捏造の疑義は晴れないわけだし
結局最後は自白の強要なのですが
あろうことかの科捜研が科学の名のもとにそれを行っていて未だに恥じることもないと言う馬鹿さ加減
その証拠が袴田さん事件のように捏造されてはいないか客観的に合理的に信用するに値するものかどうか調べるのが科捜研なのに
しかも化学式とかを全部自分で書いてこれでいいよなと言う感じで自白を迫ると言うようなことを科捜研自らが行ってそれを得意げに語るというもう呆れるやら何も言いたくなくなるようなお粗末さ
最後は仲間に拍手で送られたって・・・・あのさ・・・
シナリオ以上に都合よく働いてくれたでっち上げの主犯?!だからじゃないのですか?
どうすんだろ?
腐りきった影も形もないようなバナナ警察
こっから
会者定離
ガースーさんの全然昔と違う映像を観た
多分パラレルワールドでは前と同じ元気なガースーさんがおられるかもしれない
そこでは多分これを書いている私とは全く違う覇気のない私が存在しているのかもしれない
ひょっとするとそのような私や今のガースーさんはボットなのかも?
だから私はこちらの世界を強く望んで選び取ってきたんだと思う
現状同じ世界にいると思っている方々も多分一瞬シンクロしているだけで
これからもそれぞれ望む世界を選び取っていきそこでは千差万別で微妙に異なるルートをたどってきた見知った他者と共存しているのかもしれない
この文章は以前書いたものをただ焼き直しているだけなのですが・・・
又ふと同じようなことを思ったので書きました
時間
人がものを感じるのはその変化を感じとっているのではないだろうか
認知機能そのものも脳内の何かが変化しているのを感じ取っているだけなのかもしれない
だから同じものを見ても誰もが同じように感じるかどうかはわからない
なぜなら人それぞれそれによる脳内変化は異なるだろうから
更には人は変化していないものを感じ取ることはできないのではないのだろうか
それが存在していても感じ取ることはできないのではないのか
永遠に変化しないものは逆に存在しないものとして扱われているのではないのか?
どうなんだろう?
団塊の世代
大正時代の方々が同窓会を開くと男性は2~3人しか来なくて女性は20人位集まる、男性はみな戦死してしまったと言う話と
猪瀬直樹さんが石原裕次郎さんは年上のホステスさんに食事代金を払ってもらっていたとんでもない奴だとおっしゃっておられた
この二つの話から団塊の世代と日本の現状について考察してみたい
戦後ベビーブームの団塊の世代の方々はそのような状況女性が多く男性が異常に少ない状況で産まれてきた
そうなると男性の方は年上の女性から色々と教えてもらいながら甘やかされて成長していったであろうことは想像に難くない
同年代の女性はその逆であることも想像に難くない
と言う事を踏まえてその後の日本を俯瞰しながら見ていくと現在の日本の状況がよくわかる気がする
その男性の方々は女性全般いや全ての物事に対して完全にずっとなめきっているような気がする
バブルにおいても国内ではそれはそれは酷いもんだったし多分海外でも酷いもんだったのだろうことも残された映像、言説等で確認できる
そのような傍若無人の振る舞いで日本人男性の評判を下げまくったことも想像に難くない
それなのにそいつらは国内でも未だに威張り散らしやりたい放題で大迷惑なままである
もい片方の同年代の女性の方はと言うと
バブルにおいてソイツラは今度は年下のギャルの方に触手をのばして懇ろに見境なくやっていたのは周知の事実であり
ここでもその同年代のその女性の方々は放置させられていたのである
そこに目をつけたのが海外の悪い連中で
金曜日の妻たちへなどというテレビ番組で煽り亭主元気で留守がいいなどと言うCMを流しテレフォンクラブで罠に嵌めて壺ババアとなっていったと思われる
質の悪い冗談のような本当のはなしなのだろう
もうソイツラの滅茶苦茶に私は振り回されたくないので
あまり関係を持たないようにひっそりと隠者のように暮らしながら
いまこれを静かに書いている
ただ
表面上は静を装っているだけでその心のうちは言いようもないものがずっとずっと蠢いていることだけははっきりと申し上げておきたい
野球教の帰結?!
高校球児は何故みな同じような仕上がりになるのだろうか?
時、場所、指導者、個体、が変わろうとも
大抵は大体同じような仕上がりなる
なんでだろう?と常々考えていたのだがここであるとても大胆な仮説を打ち立ててみたい
バットでボールをぶっ叩き続けると脳にダメージを受ける
これである
これだと上記の疑問は即解決する
個人差や指導者や地域性や時代など一切関係なく同じ結果となる
極端に喩えるならば
脳にダメージを負った結果であるならばほぼ同じ結果になってもおかしくはない
どうだろう?
何故ヨーロッパではあまり野球をやっていないのだろう?
アメリカでも有色人種もしくは白人の方でも髭をぼうぼうに生やした原始人?のようなか方々しかやっていない
ひょっとすると彼らは知っているのではないだろうか?
バットでボールをぶっ叩き続けると脳にダメージを受ける
ということを
何故、日本ではこんなに野球が盛んなのだろう?
戦後の『巨人の星』に代表される野球漫画、NHKによる強力なバックアップ、プロ野球の存在
これは今までアメリカ万歳を叩き込むためだと単純にそう思っていたが、そうではなくもっと別の狙いがあったのではないだろうか?
バットでボールをぶっ叩き続けると脳にダメージを受ける
これによる日本弱体化ではないのか?
そうであるならば、たとえそうだとわかってもそう言えないアンタッチャブルな案件ということになる
それが宗主国の意思だからである
でそれについてはみな黙り込んで高校野球を粛々と盛大に行っている
これはジャニーズとかワクチンとほぼほぼ同じ構図のような気がします
もうかなりのデータ(結果)はでてますよね
野球を熱心にやられた方々は
ソーチュネ
的な仕上がりになってますよね
軟式野球の時はそうでもなかったですが高校からの硬式野球になってからはそれがかなり効いていると思うんですよね
だってかなりの衝撃が来ると思うんですよ
バッティングセンターで軟式ボールで時速110kmの玉でもバットの芯に当たらないと結構な衝撃がきますからね
それが硬式ボールで時速140kmとかの場合だと物凄い衝撃が腕の骨を伝わって脳まで行くと思うんですよ
それを一日何回も何十回も何百回も何日も何日も3年間繰り返すわけですよね
それは白狼病のようになんらかの身体的なダメージを負ってもおかしくはないと思うんですよね
それでみんな同じようなあの結果ですからね
ちょっとどうなんだろうな?
明治維新 最高ではなく再考
先日東京に行ってきました
その際上野の寛永寺で興味深いものを発見しました
東台大戦争図です
新政府軍と旧幕府側の彰義隊による上野戦争を描いた永島芳虎の錦絵。元は9枚組だが左端の2枚が欠けている。上野戦争は錦絵の題材として盛んに取り上げられ、多くの絵師によりさまざまな種類が出板された。永島芳虎は歌川芳虎の別名で、明治初年には錦絵絵師番付でトップクラスの人気を誇った。「東台」は上野寛永寺の山号東叡山を指し、この戦いで寛永寺に立てこもった彰義隊は大村益次郎の指揮する新政府軍によって壊滅させられた。洋服を身に纏い右から鉄砲や大砲(1枚目右下)を駆使して攻めるのが新政府軍で、一方左手(寛永寺境内)に陣取る彰義隊は和服に刀で武装している。上野戦争の最激戦地と言われる黒門(3枚目)や、上野公園に現存する清水観音堂(4枚目)、山門(5、6枚目)などの様子が描かれ、6、7枚目には逃げ惑う僧侶もみられる。また欠けている8、9枚目には寛永寺貫主の輪王寺宮(のちの北白川宮能久親王)が落ち延びる様子などが描かれている。こうして江戸市中が騒然とする状況下で、福澤諭吉は2里(約8㎞)程はなれた芝新銭座の慶應義塾において時間割通り講義を続けたのである。(横山寛)
この図が境内の中のお寺の説明文に使われていました
私が疑問に思ったのは、羽織袴の幕府軍と戦う新政府軍の服装です
ズボンをはき、カーボイハットをかぶり、リュックサックをしょっている
どこの国の軍隊なんだろうと見紛うほどです
因みに当時欧米列強は清国を支配下においておりました
その少し前までは尊王攘夷を唱えていた方々がいきなりこうなるでしょうか?
極めて疑わしいと思います
新政府軍に果たして海外の傭兵はまじっていなかったのだろうか?
現在の世界を見てみると結局ネオナチもISも欧米列強の傭兵でした
この時もそうだったのではないでしょうか?
清国は既に支配下にあるわけですから
格好だけを見ればコサック兵のようにみえなくもない
安政大地震でボロボロになっている日本で薩長をけしかけクーデターを起こしそこに海外の傭兵をいれる
これは今の彼らなら普通にやりそうなことですよね
だとするとこのころもすでに?
どうでしょう?